東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)162号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)、及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二、第三号証によれば、本願明細書には本願第一発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
本願第一発明は、必須成分として、有機界面活性剤、水に不溶のアルミノケイ酸塩イオン交換物質及び少量のアルカリ金属ケイ酸塩の固体を含む噴霧乾燥された粒状洗剤組成物に関するもの(本願公報第三欄第一二行ないし第一七行)、であつて、水不溶性の合成アルミノケイ酸塩を洗剤組成物中で有機界面活性剤と組み合わせて用いることは従来知られているが、その際、洗濯機を保護するため金属腐食抑制剤の存在を必要とし、また、粒子をサラサラさせるため約六~二〇%のケイ酸ナトリウムを配合していた(同第三欄第一八行ないし第三二行、第一九欄第二三行ないし第二五行)ところ、この従来の量のケイ酸塩の固体は、水に不溶のアルミノケイ酸塩イオン交換物質の織物上への沈着を高め促進させ、さらに、両物質を同時に用いることは、洗濯液中でのイオン交換物質の硬度低減能力及び速度に明らかに逆効果となる欠点を有していた(同第一九欄第二九行ないし第三八行)。
本願第一発明は、織物の外観的な利点を与え、かつ効果的な腐食抑制及び粒子のサラサラした性質を有する水に不溶のアルミノケイ酸塩イオン交換物質を含む洗剤組成物を提供することを目的とし(同第五欄第二〇行ないし第二七行)、本願発明の要旨1(特許請求の範囲1)記載の構成を有する洗剤組成物(昭和六一年一二月二七日付け手続補正書四枚目第二行ないし五枚目第五行)を見い出したものであり、これにより効果的な少量のアルカリ金属ケイ酸塩固体が有機の合成洗剤の存在下に大量のアルミノケイ酸塩物質と相溶し、効果的な腐食抑制及びサラサラした状態の利点を与え、織物上及び洗濯機の壁面への合成アルミノケイ酸塩の沈着を同時に促進しないという作用効果を奏する(本願公報第一九欄第四〇行ないし第二〇欄第二行)。
一方、成立に争いのない甲第四号証によれば、引用例記載のものは、固体加工材料、特に繊維の表面を洗浄及び清浄化する方法並びにこの方法を実施するための組成物(第一頁第三行ないし第五行)に関するものであつて、その実施態様並びに関連事項(第八四頁表下第五行)の(28)には「特許請求の範囲第一番目の発明及び前記第(1)~(9)項による粉末状の化合物を組成物の耐水性及び耐熱性の成分の水性混合物に加え、これを自体公知の方法で乾燥させ、場合により乾燥させた生成物を組成物の熱もしくは湿気に不安定な成分と混合することを特徴とする、特許請求の範囲第二番目の発明及び前記第(20)~(26)項に記載の組成物の製法」(第九一頁第一八行ないし第九二頁第五行)と記載されていること、そして前記(28)で引用する特許請求の範囲(2)には、「特許請求の範囲第一番目の発明による方法を実施するために使用する、水の硬度成分を結合する能力を有する物質を含有する洗浄剤、漂白剤及び清浄剤において、これらの組成物が水の硬度成分を結合する能力を有する物質として無水の活性物質(=AS)一g当り少なくともCaO50mgのカルシウム結合能力を有し、場合により結合水を含有する一般式:(Kat2/no)X.Me2o3・(S1o2)y〔式中、Katはカルシウムと交換可能な原子価nの陽イオンを表わし、Xは〇・七~一・五の数を表わし、Meは硼素又はアルミニウムを表わし、yは〇・八~六の数を表わす〕の、微細に細分された、水に不溶の珪酸塩並びに他の洗浄一、漂白一又は清浄化作用を有する化合物を少なくとも一種含有することを特徴とする、特許請求の範囲第一番目の発明による方法を実施するための組成物」(第二頁第三行ないし第三頁第一行)、前記実施態様並びに関連事項の(25)には、「その組成が次の処方:陰イオン及び(又は)非イオン及び(又は)両性イオン表面活性剤五~三〇重量%、特許請求の範囲第一番目の発明及び前記第1~9項による化合物(ASに関して)五~七〇重量%、カルシウムのための錯化剤二~四五重量%、錯形成能を有しない洗浄アルカリ〇~五〇重量%、漂白剤並びにその他の、繊維用洗浄剤中に大ていは小量で存在する添加物質〇~五〇重量%以内にあることを特徴とする、特許請求の範囲第二番目の発明及び前記第(20)~(24)項に記載の組成物」(第九〇頁第一三行ないし第九一頁第七行)と記載されていること、さらに、右のASに関する化合物は「珪酸アルミニウム化合物」(本願第一発明の「アルミノケイ酸塩」に相当する。)を意味し(第六頁第九行、第一〇行)、有利なAS一g当たりCaO100~200mgの範囲内にあるカルシウム結合能は0.7~1.1Na2O・AI2O3・1.3~3.3Sio2の組成の化合物にあり(第八頁第八行ないし第一二行)、少なくとも八〇重量%が一〇~〇・〇一μの粒度の粒子からなり(第一〇頁第六行、第七行)、錯形成能を有しない洗浄アルカリ(アルカリ性骨格物質)はアルカリ金属ケイ酸塩を包含するもの(第三二頁第八行ないし第一二行、第三三頁第六行ないし第一二行)であり、具体例として珪酸ナトリウムNa2o・3.3Sio2を、例2及び例3ではそれぞれ二・五%(第六九頁第一九行、第七二頁第一〇行)、例9では一・七%(第八〇頁第八行)含有させることが記載されていると認められる。そして、前記「陰イオン及び(又は)非イオン及び(又は)両イオン表面活性剤」が本願第一発明の(b)成分である有機界面活性剤に該当することは、その記載自体から明らかである。
右認定事実によれば、引用例記載のものは、本願第一発明の洗剤組成物である、(a)アルミノケイ酸塩、(b)有機界面活性剤及び(c)アルカリ金属ケイ酸塩の三成分と同一組成の洗剤組成物を含むことが明らかである。
2 前記本願第一発明の要旨によれば、本願第一発明の洗剤組成物は、前記(a)、(b)、(c)の三成分を一緒に噴霧乾燥して得ることを必須要件とするものである。
原告は、引用例には、前記(a)、(b)、(c)の三成分を一緒に噴霧乾燥することの開示がないのに、本願第一発明は引用例に記載された発明であるとした審決の判断は誤りである旨主張する。
前掲甲第一、第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「本発明の洗剤組成物は、溶解した水溶性有機洗剤成分および任意で補助的物質を含むアルミノケイ酸塩イオン交換ビルダーの水性スラリーを塔内で噴霧乾燥して粒状組成物とすることいより(「こといより」は「ことにより」の誤記と認める。)製造できる。このような噴霧乾燥した洗剤組成物の粒子は、アルミノケイ酸塩イオン交換ビルダー、有機洗剤化合物および任意で補助的物質を含む。」(本願公報第二二欄第三九行ないし第二三欄第一行)と記載され、右方法に従つて製造された粒状洗剤組成物が例Ⅰないし例Ⅳとして示されていることが認められるから、本願第一発明の粒状洗剤組成物は、前記(a)、(b)、(c)の三成分を含め、それ以外の任意の補助物質を含む洗剤組成物の水性スラリーを塔内で噴霧乾燥により製造するものである。
一方、前掲甲第四号証によれば、引用例には、「粉末状から粒状の本発明による組成物が特に実際的に重要である、これは当該技術で公知のすべての方法により製造することができる。例えば粉末状珪酸アルミニウム化合物は簡単な方法で洗浄剤の他の成分と混合することができ、その際油性の又はペースト状の生成物、例えばノニオニツクスは噴霧して粉末にする。他の製造可能性は粉末状珪酸アルミニウム化合物を、水性ペーストとして存在する組成物の他の成分に加えることにある、これは次いで結晶化工程又は熱時に水を乾燥させることにより粉末に変える。例えば、ローラー上又は噴霧塔内で加熱乾燥の後、熱及び湿気に敏感な成分、例えば漂白成分及びこの活性化剤、酵素、殺菌性物質等を加えることができる。」(第四三頁第一八行ないし第四四頁第一二行)と記載されていることが認められるから、引用例は、引用例記載の前記(a)、(b)、(c)の三成分を含む洗剤組成物を噴霧塔内での加熱乾燥を含む当該技術で公知のすべての方法により粒状洗剤組成物とすることを開示していることが明らかである。
そして、成立に争いのない乙第二号証によれば、本件優先権主張日及び引用例記載の発明の出願日の一〇年余前に刊行された「化学大辞典8」(共立出版株式会社昭和三七年二月二八日初版発行、昭和三九年二月一五日縮刷版発行)には、既に「ふんむかんそう 噴霧乾燥」の項に、「液状またはデイシヨウ状の材料を熱風中へ噴霧分散させ、熱風で搬送しながら急速に乾燥して粉末状の製品を得る乾燥法をいう。装置の主要部は材料を微粒化する噴霧器、空気加熱器、噴霧の乾燥室、乾燥粒子の捕集分離装置および排風機から成り、熱風と噴霧とは向流または並流に接触させられる。」(第二一四頁右欄下から第四行ないし第二一五頁左欄第四行)と記載され、その装置の一例が図示されており、かつ、「本法は食品、薬剤、セツケン、洗剤、合成樹脂、無機塩類などの乾燥に多く利用されている。」(第二一五頁左欄第三四行ないし第三六行)と記載されていることが認められるから、この方法は、洗剤の乾燥に多く利用される周知の方法であり、引用例記載の前記当該技術で公知のすべての方法により製造することができるとする記述中の噴霧塔内で加熱乾燥なる事項は、本件優先主張日当時、当業者に周知の右噴霧乾燥法に他ならないと解される。
したがつて、引用例には、前記(a)、(b)、(c)の三成分を含む洗剤組成物を一緒に噴霧乾燥によつて粒状洗剤組成物を製造することが開示されているというべきである。
この点に関し、原告は、本願公報の記載(第二三欄下から第二行ないし第二八欄第二一行)及び技術報告書(甲第五号証)の記載を援用して、アルミノケイ酸塩をケイ酸ナトリウムと一緒に噴霧乾燥して粉末洗剤を得た場合、ケイ酸ナトリウムが三重量%を超えると(水に)不溶な沈着を生じるが、既に粉末としたアルミノケイ酸塩を含む洗剤に、後からケイ酸ナトリウムを三重量%以上加えても不溶性物の沈着は不都合な程多くないから、引用例においてこれを一緒に噴霧乾燥したのであれば当然この不都合な現象に気付いたはずであるのに、引用例にこの点の記載が全くないということは、引用例においては、このような方法をとつていないことを示している旨主張する。
しかしながら、前掲甲第二号証によれば、本願公報の第二三欄下から第二行ないし第二八欄第二一行には、いずれも洗剤組成物を一緒に噴霧乾燥によつて製造した場合において、三重量%以下のケイ酸ナトリウム固体を含む本願発明の組成物(例1ないし例4)が慣用的量(六ないし二〇重量%)のケイ酸ナトリウム固体を含む組成物より付着防止特性において優れていることを示すものであることが認められ、原告主張のようにアルミノケイ酸塩とケイ酸ナトリウムをそれぞれ分離して噴霧乾燥を行い処理した結果を示すものではない。また、成立に争いのない甲第五号証によれば、シー・マツクリン、デイー・エフ・ネスビツト作成の技術報告書は、ゼオライトA(アルミノケイ酸塩)を含む洗剤へ水和ケイ酸ナトリウムを添加した場合の影響についての結果を示すものであるが、用いられた基本洗剤は、ゼオライトAを含み、かつ、二・七%のケイ酸ナトリウム(比率一・六)を含み、懸濁液とした後噴霧乾燥により粉末としたものであつて、この基本洗剤に、二%又は四%の水和ケイ酸ナトリウム(メタケイ酸塩(比率一・〇)及び(比率二・〇)のもの)を添加した場合及び従前の実験結果としてゼオライトAを含む洗剤に水和ケイ酸ナトリウムを二%~五%の割合で添加し処理(懸濁液として噴霧乾燥する)した場合の結果を、それぞれ、別紙B及び別紙Cとして示し、結論として、「ゼオライトAと水和ケイ酸ナトリウムを分離して噴霧乾燥を行つたことが、観測された不溶物の量の差の唯一の原因である。(中略)もしケイ酸ナトリウム全てが噴霧乾燥する以前に洗剤組成物に混合されていたなら、別紙Cに示されたとおり許容することができない程度の不溶物をもたらしたであろう。」(第一頁第三三行ないし第四二行)と記述していることが認められるが、別紙B及びCの結果は、いずれもケイ酸ナトリウムの添加量を変えたゼオライトAとケイ酸ナトリウムを含む洗剤の懸濁液を噴霧乾燥して処理した結果についてのものであつて、ゼオライトAとケイ酸ナトリウムをそれぞれ分離して噴霧乾燥を行い処理した結果については何ら示されておらず、結局、右実験結果は、本願第一発明がケイ酸ナトリウムを従来量より少ない量、すなわち、三重量%以下用いる場合は、欠点とされる洗濯の際の不溶性物の沈着を生じないという知見に基づいてなされたものであることの裏付資料となるにすぎず、これをもつて引用例記載のものが一緒に噴霧乾燥していないことの根拠にすることはできない。したがつて、原告の前記主張は理由がない。
また、原告は、引用例における二四の例の内、唯一粉末化の方法に触れた例2(第六九頁第四行ないし第一一行)には、(イ)乾燥させたアルミノケイ酸塩、(ロ)過硼酸塩、(ハ)沈殿遅延剤、(ニ)右(イ)、(ロ)、(ハ)三成分以外の洗浄剤成分を加熱噴霧により粉末としたものを混合してアルミノケイ酸塩含有洗浄剤を得る旨記載されているが、アルミノケイ酸塩とアルカリ金属ケイ酸塩を一緒に噴霧乾燥するという技術的思想は開示されていず、むしろ、反対に別々に粉末を得ることとされている旨主張する。
しかしながら、引用例には、当業者において、前記(a)、(b)、(c)の三成分を含む洗剤組成物を周知技術である噴霧塔内で一緒に噴霧乾燥することによつて粒状洗剤組成物を製造することを開示していると理解し得る記載のあること前述のとおりである以上、例2に示された粉末化の方法が原告主張のとおりであつても、これをもつて、引用例記載のものがアルミノケイ酸塩とアルカリ金属ケイ酸塩とを別々に噴霧乾燥したものに限られると解することはできない。したがつて、原告の前記主張は理由がない。
3 以上のとおりであつて、引用例記載のものは、本願第一発明の前記(a)、(b)、(c)の三成分と同一組成の洗剤組成物であり、かつ、引用例にはこれら三成分を一緒に噴霧乾燥して粒状洗剤組成物を得ることを開示しているから、本願第一発明は引用例に記載された発明であるとした審決の判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
1 左記の(a)、(b)、(c)を含むことを特徴とする水溶液中の遊離の多価金属イオン成分を迅速に低減し得る粒状洗剤組成物。
(a)式
Na12(A1o2・Sio2)12・XH2oの水に不溶のアルミノケイ酸塩イオン交換物質五~九二重量%。ここで、Xは二〇~三〇の整数である。前記のアルミノケイ酸塩イオン交換物質は、〇・一~一〇μの粒度直径、200~352mg・eq・CaCo3/g(無水物基準)のカルシウムイオン交換能、及びCaCo3として表して34~102mg/リツトル/分/g(無水物基準)(2~6グレーン/ガロン/分/g)のカルシウムイオン交換速度を有する。
(b) 陰イオン性、非イオン性、両性及び双性イオン性界面活性剤並びにこれらの混合物からなる群より選んだ水溶性の有機界面活性剤五~九二重量%。
及び
(c) Sio2のアルカリ金属酸化物に対するモル比が〇・五~四・〇の範囲であるアルカリ金属ケイ酸塩の固体〇・五~三重量%。
ただし、前記成分(a)、(b)及び(c)は一緒に噴霧乾燥したものである(以下「本願第一発明」という。)。
2 左記の(a)、(b)、(c)、(d)を含むことを特徴とする水溶液の遊離の多価金属イオン成分を迅速に低減し得る洗剤組成物。
(a)式
Na12(A1o2・Sio2)12・XH2oの水に不溶の無機アルミノケイ酸塩イオン交換物質七~五〇重量%。ここで、Xは二〇~三〇の整数である。前記のアルミノケイ酸塩イオン交換物質は〇・一~一〇μの粒径、200~352mg・eq・CaCO3/g(無水物基準)のカルシウムイオン交換能、及びCaCO3として表して34~102mg/リツトル/分/g(無水物基準)(2~6グレーン/ガロン/分/g)のカルシウムイオン交換速度を有する。
(b) 陰イオン性、非イオン性、両性及び双性イオン性洗剤並びにこれらの混合物よりなる群より選んだ水溶性の有機界面活性剤七~五〇重量%。
(c) SiO2のアルカリ金属酸化物に対するモル比が二・〇~三・四の範囲内であるアルカリ金属ケイ酸塩の固体〇・九~二重量%。ここで、アルカリ金属酸化物は酸化ナトリウム、酸化カリウム及びこれらの混合物から選択する。
及び
(d) 補助的洗剤ビルダー塩一〇~三五重量%。
ただし、前記成分のうち、少なくとも成分(a)、(b)及び(c)は一緒に噴霧乾燥されたものである(以下「本願第二発明」という。)。